第09回:リニア・ネーム・メソッド

第09回:リニア・ネーム・メソッド

By mogura

漫画ネーム

■主観表現と客観表現■

よく、「手塚治虫が漫画に映画の表現技法を採り入れた」と言われます。具体的に、どんな映画の表現技法を採り入れたかを、解説している漫画研究者を見た記憶はありませんが。それはともかく。

では、なぜ手塚治虫先生は映画の技法を採り入れたのか?

その答えを書く前に、このコラムを読んでいる人に質問を。漫画が一番近い創作物は、いったい何でしょうか? 下の4つの選択肢から選んでみてください。

①映画 ②アニメ ③紙芝居 ④小説

答えは②アニメ……ではなく、④の小説です。なぜでしょう? 映画もアニメも紙芝居も、観賞するスピードを自分ではコントロールできない表現です。主導権は製作者側に有り、観客である自分は基本的に受け身です。

 

■漫画と主導権争い■

ところが小説は、自分のスピードで読めますし、気になった部分や意味がわからなかった部分は、繰り返し読んだり、読むのをいったん辞めて、しばし考えを巡らしたり、感動した箇所をしみじみと反芻したりできます。

主導権が自分にあるのか相手にあるのか、これは重要です。

漫画というのは、小説に多量の挿絵が付いているもの、または複雑なコマ割りがされた絵本と見做すことが可能です。絵だけの漫画(サイレント漫画)も存在するので、意外と誤解されがちですが。

小説のセリフ部分が吹き出しに入り、情景などを描写した地の文と呼ばれる部分を、絵で表したのが漫画の原初の形と考えることも可能です。だからこそ、リニア録音ネーム技法=「リニア・ネーム・メソッド」が有効になります。

リニア・ネーム・メソッドの方法については、第8回の最終章をご確認ください。

■落語とラジオと■

プロの漫画家で、ネームに入る前にまず登場人物のセリフを全部書き出す人が一定数いるのは、セリフとセリフの間の地の文は既に絵として浮かんでる場合が多いから、という側面もあります。

これは、小学生時代に夏休みの絵日記を書いた際に、絵が先に浮かんでから文章を考えるタイプと、文章が先に浮かんでそれに合わせた絵を描くタイプかの違いとも関わってきます。

手塚治虫先生や山上たつひこ先生など、落語が大好きな漫画家が多いのも、通底します。

寄席や独演会での落語は、落語家の表情や仕草(仕方)を一緒に観賞しますが、慣れてくると落語家の声だけ聞いても楽しめます。ラジオが普及し始めた昭和の時代、初代桂春團治などが大人気だったのも、そのためです。

 

■ながらで学ぶ■

落語という話芸は、登場人物の会話が中心で、状況説明部分が地の文として挿入されますが、上手い落語家の噺は聞いてるだけで情景が浮かびます。で、漫画家というのはこの情景を思い浮かべる想像力が高い人が多いです。

落語の演目は古典落語と呼ばれるものだけでも数百種類有り、新作落語が日々創造され、内容も5分以内で終わる短いモノから、全部を語り終えるのに数日かかる長編まで、実にバリエーション豊か。

落語は仕事中にながらで聞くには、実に相性が良いです。

古典落語は基本的に明治時代以前の作品がほとんどなので、著作権フリー。古典落語からインスピレーションを受けた作品や翻案した作品など、勉強すると「ああ、あの作品のこのシーンは落語が元ネタか」と気付くものも多いです。

 

■思考の速度■

リニア・ネーム・メソッドを試してみて、1時間語っても話が終わらないタイプは、短めの落語を聞いて作品の構成を身体に染みこませると、喋ってネームを作るという方法論がシックリきます。

もちろん、喋らずにネームを書き出してもOKです。ただ、字を書くのが遅い人は、自分の思考スピードに執筆が追いつかないと、書いているうちにせっかく思いついた良いセリフやシーンを忘れてしまう、ということが起きがちです。

タイプライターやパソコンのキーボードは、タッチタイピング(ブラインドタッチ)ができないと、思考のスピードに手が追いつかないと言われます。でも、タッチタイピングは習得するのが難しいです。

ところが、喋って録音ならタッチタイピングより速いです。

 

■全体把握■

それどころか、思考よりも言葉が先走って、思わぬ良いセリフが出てきたり、最初に想定していなかった言葉がポロッと出ることも多いです。テンポ良くポンポン喋ると、キャラクターが憑依して、自然な言葉が出やすいのです。

作品のオチだけ決めて、自由にセリフを喋って物語を吐き出すと、多少の寄り道はあっても、スタートからゴールまでの全体像が見えやすくなります。全体像を一度、把握した上で、推敲を加えていくのが効率的です。

全体のバランスを整える、は枝葉の作業。

自分の無意識の領域を引き出すという点でも、リニア・ネーム・メソッドはオススメです。表層意識でこねくり回したネームより、深層意識が引き出されたネームの方が、作者自身が投影されて生き生きしたキャラクターになりやすいです。

念のために書きますが、七三太朗先生は文字原作もネーム原作も柔軟にこなされます。実兄のちばてつや先生だから、録音してのネームを作られますが。

もちろん、自分が自分に渡すネームですから、リニア・ネーム・メソッドは有効です。