第12回:ペンネームの付け方 (2)
■ペンネームのいろいろ■
では、具体的にはペンネームには、どんなパターンがあるでしょうか? 以下に、代表的なパターンをいくつか書き出してみましょう。
・本名をもじる
・本名の文字を一部変える
・他のモノにあやかる
・ペンネーム自体が洒落
・まったくのオリジナル
夏目漱石は夏目金之助が本名。名前に中国の故事成語『漱石枕流』を元に、ペンネームにしています。放送作家の大橋巨泉さんは、本名が大橋克巳で、俳号が巨泉だったりします。
森鷗外の場合は諸説あり、友人の斉藤勝壽の雅号の鷗外漁史をもらった説、千住の地名「かもめの渡し」をもじった説、杜甫の『王十二判官に別る』の「柔艫軽鴎の外、悽を含んで汝の賢を覚る」からとったとする説。
江戸川乱歩は尊敬する元祖推理小説家のエドガー・アラン・ポーを元にしていますし、二葉亭四迷は父親から「くたばってしまえ!」と言われて、それを文字ってペンネームにしています。
漫画家は、割と自由なペンネームが多いですね。
■本名をもじる・変える■
本名そのものではなく、本名を元にもじったものや、本名の文字を一部変えるのもよくある手法です。本名の語感を活かしつつ、オリジナリティも生み出せますね。
・手塚治虫
・藤子不二雄
・水木しげる
・山崎ナオコーラ
・みなもと太郎
・石田衣良
・石川サブロウ
手塚治虫先生は昆虫が好きだったので本名の治に虫の字を加えて「おさむし」と当初は読ませていました。後に、治虫で「おさむ」と読ませるように変化していますが、平凡な名前のアクセントになっています。
藤子不二雄先生のように、共同ペンネームで本名の藤本と安孫子を合成した例もありますし、みなもと太郎先生は源太郎という名前の読みを変えて、名字と名前にした例。石田衣良先生は、本名の名字の石平をもじった例。
本名の一部を平仮名や片仮名にしたり、別の漢字に変えたりした例も多いです。
・横山光輝
・本宮ひろ志
・赤塚不二夫
・さいとう・たかを
・山上たつひこ
・あだち充
・みうらじゅん
・いしかわじゅん
・小林まこと
・いとうせいこう
・相原コージ
・安野モヨコ
・みず谷なおき
・斉藤むねお
個人的には、さいとう・たかを先生のペンネームは、平仮名で小学生でも読めて、ワ行の「を」がアクセントになっていて、良いペンネームだなぁと感心します。本名の斎藤隆夫だったら、やや平凡な印象です。
■字数と大きさと字画と■
しかも「さいとうたかお」では平仮名が続きすぎて読みづらいので、名字と名前の間に「・(この記号を中黒と呼びます)」を入れて、もうひとつのアクセントにされています。
やや文字数が多いというマイナスはありますが。
文字数が多いペンネームだと、単行本になったときに、名前の文字が小さくなるデメリットがあります。名前が入るスペースは、4文字でも8文字でも同じだったりしますから。
小さい文字は、必然的に目立ちにくくなります。かといって、4〜6文字を想定して作られた名前のスペースに、1文字ではバランスが難しくなります。
ココらへんは、あまり気にしない人もいるでしょうが、編集者としてカバーデザインも関わった立場として、とても気になる点ではあります。
また字画の多さとかも、読みづらくなる一因です。斉藤むねお先生は、本来は字画の多い「齋」の字ですが、あえて字画が少ない「斉」にしています。
■あやかるのは日本文化■
自分が尊敬する人や、歴史上の出来事など、あやかる例も多いです。自分の喜多野土竜も、石川サブロウ先生の傑作『北の土龍』から。原作者はあやかりペンネームがやや多いですね。
・江戸川乱歩
・司馬遼太郎
・梶原一騎
・山止たつひこ
・海音寺潮五郎
・幾夜大黒堂
・武論尊(チャールズ・ブロンソン)
・狩撫麻礼(ボブ・マーリー)
・呉田軽穂(グレタ・ガルボ)
・喜多野土竜
梶原一騎先生は、鎌倉時代の武将の梶原景時が、単騎で敵陣に攻め込んだ故事から、このペンネームを付けています。『巨人の星』と『あしたのジョー』を同時連載したため、高森朝男のペンネームも作りました。
あさりよしとお先生のように、本名が武将の浅利義遠にあやかってる例もあります。
石ノ森章太郎先生は本名が小野寺章太郎で、出身地が宮城県登米郡石森町だったので、故郷の地名にあやかって当初は石森章太郎。ただし石森町は「いしのもりちょう」と読みます。
ところが、そんなことは知らない編集者に「いしもり」とフリガナを付けられてしまったので、後に石ノ森章太郎に改名……というか本来の読みの表記に変更されます。
■閑話■
秋本治先生は投稿作が少しでも目立つように「岩森章太郎改め山止たつひこ」で応募されたのですが、デビュー後に山上たつひこ先生からのクレームで秋本治に変更。
秋元も両津勘吉の両津も、どちらも新潟県の地名ですが、それについては『こちら葛飾区亀有公園前派出所』で理由を言及されていましたね。興味がある方は当たってみてください。
余談ですが、秋本治先生が山上たつひこ名義で生まれて初めて書いたサイン色紙を、斉藤むねお先生は所有されています。
もしオークションで売ったら……あ、こういうゲスな話は辞めましょう。
これまた関係ありませんが、斉藤むねお先生が生まれて初めてサインした相手が、高校の後輩のことぶき先生でした。ことぶき先生の初サインは、誰がもらったのだろう?
■ペンネーム自体が洒落■
ペンネーム自体が、アナグラム(言葉の綴りを変えて他の意味にすること)になっていたり、ジョークや地口になっている例も多いですね。
・二葉亭四迷
・阿佐田哲也
・つかこうへい
・なだいなだ
・くりた陸
・ジェームズ三木(税務署行きの洒落)
・御茶漬海苔
・陸乃家鴨
・乙一
・西尾維新
・伊坂幸太郎
・辛酸なめ子
・ことぶきつかさ
・うましか
乙一先生は、字画ができるだけ少ない漢字で付けたもの。西尾維新先生は、NISIOISINで、実は回文(上から読んでも下から読んでも同じになる)になっていて、凝っています。
ことぶきつかさ先生は、寿司の音読み。うましか先生は……。漢字の読みを変えて別の意味にする例は多いですね。
音読みと訓読みがある日本語ならではのアナグラムでしょう。
伊坂幸太郎先生は、ミステリー作家の西村京太郎先生と、各漢字の字数がいっしょで、なおかつISAKAKOTAROを逆から読むと「オラと案山子」になる凝りよう(ただし、伊坂幸太郎先生自体はこの逆読みについては特に言及されていらっしゃらないようなので、真偽不明)。
※上記の逆読みの件に関して、事実ではないとの指摘もあり、ちょっと個人的な伝手もあった(これでも本業は編集者ですから)ので、出版社の伊坂幸太郎先生の担当者に確認してみました。担当者の返信によれば、西村京太郎先生と字画を合わせたのは事実だが、この逆から読むと「オラと案山子」になるというのはまったくの偶然で、伊坂先生も指摘されて驚いたそうです。
偶然にしてもすごい一致ですし、結果的に作品内容とリンクする言葉が入ったわけで、持ってる作家というのはそういうモノなのだろうなぁ……と、改めて驚きました。迅速かつご丁寧な対応をしてくださりましたご担当者様、ありがとうございます(なおこれは特殊な例で、出版社に伊坂先生のことをアレコレ問い合わせるのは、業務上差し障りがあるのでご遠慮くださいませ)。
ということで、以前の文は打ち消し線で残して読者にも分かる形にして、改めて訂正いたします。
なだいなだ先生は回文であり、同時にスペイン語のnada y nadaが「何もなくて、何もない」の意味だそうです。このように、あやかりとか洒落が複合する坂作家も多いです。
ちなみに喜多野土竜も、前述の他にビートたけしさんの本名北野武と、読みが重なるので選んだ部分もあります。縁起をかついで喜びが多いの喜多にして、永久保貴一先生や斉藤むねお先生と字数を合わせて5文字に。ついでに『東海道中膝栗毛』の弥次喜多も掛けてあります。いろんな複合パターンを考えてみましょう。
※またくのオリジナルについては、また項を改めて。ペンネームを考えるのは、また別のある視点ももたらしますので。