第11回:ペンネームの付け方 (1)
■ペンネームは必要なのか?■
ペンネーム、日本語では筆名。投稿者やデビューを決めた人によく相談されるのが「ペンネームは付けるべきか否か?」という点。どちらでも良いと思いますが、自分はできれば付けた方が良い派です。
理由は多種多様です。
原作者の小池一夫先生は本名が俵谷星舟。ペンネームのほうが地味ですね。上條淳士先生は、ペンネームのようですが本名です。もともと上條というのは名字は長野県に多い名字なんだそうです。
ホラー漫画家の永久保貴一先生も本名ですが、ちょっと平凡と言えば平凡。御茶漬海苔先生がデビューしたとき、もっとインパクトのあるペンネームにしておけば良かった……と思ったそうです。
ちなみに今まで2回も、単行本の奥付で永久保貫一と誤記されたことがあり、尾崎紅葉の『金色夜叉』の間貫一かと苦笑されたとか。他にも埼玉の地名の長久保と誤記されたり、「きいち」とルビを間違えられたりも。
■本名のメリットは?■
ペンネームの付け方ですが、基本は自分の好きな名前を付ければ良いと思います。何かをもじったり、あやかったり。ただし、好き勝手に付けると失敗しやすいので、いくつかのコツみたいなモノはあります。
好きと好き勝手は違います。
本名がペンネームのメリットは、昔の友人知人にすぐ解ってもらえる点でしょう。鹿児島県は税所(さいしょ)や綾織(あやおり)や元(はじめ)など、珍しい名字が多いですから、地元の人間にはすぐわかります。
筆者も、中学の先輩や同級生がアニメーターになったのが、エンドロールに出てきたスタッフ名で、すぐわかりました。彼らの名字もまた、他県ではちょっと珍しい部類の、でも鹿児島では普通の名字でしたから。
やはり、生まれてからずっと使ってきた本名には愛着もあります。凝ったペンネームは本名に如かずと、名著『さるマン』で竹熊健太郎先生も断言されています。
■では本名のデメリットは?■
もっとも、鈴木一朗という名字も名前も平凡だと、ちょっとアピール性には欠けます。これをイチローという登録名にして売り出した、仰木彬監督の慧眼ですね。もっとも、次男に一朗と名付けた父親も凄いですが。
では、本名のデメリットは何でしょうか?
これは実話ですが、ある地方在住の作家さんが、宅配便で原稿を某編集部に送ったところ、配送中に行方不明になってしまった事件が起きました。この漫画家さん、ペンネームと本名が同じだったそうです。
しかも、送り状の内容欄に『原稿』と、正直に書いていたため、宅配便業者も内部調査しましたが、発見できず。どうやらアルバイトの中にその作家のファンがいて、コッソリ抜いたのだろうという結論に。
もちろん、原稿はその後も見つかりませんでした。以来、本名の漫画家さんは差出人には家族の名前を使ったり、編集部と決めた架空の名前を書き、送り状のには『書類』とか『資料』などと記入するように推奨されているとか。
■ちょっと怖い話も…■
ペンネームと本名が同じだと起きるデメリットとして、わずかな情報……例えばSNSにあげた写真や最寄り駅の名前などを手掛かりに、自宅を探し当てる困ったファンもいます。熱烈なファンも時には困りもの。
近年は個人情報の扱いが、慎重になっています。
もっとも昔は、作家の住所が雑誌に載っていて、そこにファンレターを贈るようにと書かれていたり、地方在住の漫画家さんだと、派出所で聞くと教えてくれたりしたものです。今では考えられませんが。
SF作家の筒井康隆先生は、自宅に押しかけるファンに困り果て、監視カメラを設置しなければなりませんでしたし、胡桃沢耕史先生はファンを名乗る人物に気軽に対応したら刃物で刺され、重傷を負いました。
そういえば、病院の待合でペンネームと同じ本名を呼ばれて、恥ずかしい思いをしたという漫画家も、けっこういます。売れてないときは無視されて寂しく、売れたら売れたでザワついて気恥ずかしいそうです。
■水木しげる先生の儀式とは■
『ゲゲゲの鬼太郎』の水木しげる先生は、自宅の中にある仕事場に入るときに、いったん家の外に出て、改めて入り直していたそうです。NHKの朝ドラ『ゲゲゲの女房』でも描かれていましたね。
なぜ、そんな儀式みたいなことをしていたのでしょうか?
自宅と仕事場が地続きだと、プライベートと仕事のケジメが付けづらい部分もあります。気持ちの切り替えが上手くいかず、ついダラダラしてしまい、テンションが上がらないこともしばしばです。
だから、そういう儀式があえて必要だったのでしょう。世界中の宗教的な儀式も、日常と非日常を区切る機能がありますから、水木しげる先生の行為は理に適っていたのです。
そのため、わざわざ自宅の近所に仕事場を借りたり、自宅の敷地内に仕事場は別棟で建てたり。漫画家だと、水島新司先生の仕事場がテレビなどに何度か登場しましたが、自宅とは別になっていました。
■公私の区別をつける■
日常と非日常を切り分けるのは大事で、石ノ森章太郎先生はネームは近所の喫茶店で作ることが知られていました。喫茶店やファミレスなど、場所を変えると良いアイデアが出たという経験は、投稿者でもあるでしょう。
実はペンネームにも、似た機能があります。
この作品を書いているのは、本名の●●とは別の人格のペンネーム○○だ……と思い込むことで、舞台の上の役者のように、別の人間を演じることができることもあります。人間、この劇的なもの。
立川談志師匠は、弟子の前座名はインパクトがあるモノを付けていました。立川寸志や立川談Q、立川ワシントンと、名前を覚えてもらう商売でもありますから。出世して真打ちになったら、好きな名前を選ばせたそうです。
繰り返しますが、ペンネームは自分が好きなように付ければ良いですし、狙いすぎたペンネームが嫌になって、改名しても良いです。斉藤むねお先生の高校の先輩である秋本治先生も、最初は山止たつひこでしたし。
※次回は、具体的なペンネームをつけるパターンの紹介と解析です。